西江 嘉彰

記事一覧(47)

変えることは、壊すこと。

今、チャレンジャーでは、「今やっていることで、やめてもいいことリスト」を作ろうという面白い取り組みをはじめたと伺っています。事業を前に進めていく上で、とても大事なことは時代のニーズや状況にあわせて、変化することだと、私は考えています。このチャレンジャーの取り組みを聞いて、「これから、どんなことを変えて、どんな新たな取り組みを始めるんだろう」と内心とてもワクワクしています。ちなみに、今チャレンジャーが取り組んでいるような、「何かを変えていく」プロジェクトを、実は設立の当初からどんどんと進めていた歴史があるんです。私自身も、そうしてきました。例えば、1980年代「これからは地域移行を…」といった政府からのコメントが出たときにまだ制度としてグループホームが認められていなかったにも関わらず、「これからはグループホームが求められるはず」とまだ福祉施策として制度が確立していない段階から、ホームの建設を進めていったりもしました。その時、施設入所を利用されていた方には、入所するときから「ここは一時的な住まいです。皆さんは地域で一人暮らしや自由な生活を謳歌するために、一刻も早くここから出られるよう、しっかり仕事を覚えましょう」とグループホームへの移行を前提に、どんどん就職活動にチャレンジしてもらっていました。で、どこに就職できるか…ではなく、手当たり次第に「この会社にもお願いしよう」と、利用者さんのスキルや能力を売り込みにいって、とりあえずまずは雇ってみましょうよ!と、飛び込み営業のごとく、企業訪問をしてきましたね。一方、新しいことをやるためには、今までの慣習ややってきたことを見直さなければならず、「この作業は時代に即さないと思うのですが、今やっているのはなぜですか?」「この作業の必要性は何ですか?」と、色々と話を聞いて、必要ないとみんなで判断したら、「やめましょう!」と当時の理事長に対して、はっきり言ってきた経緯があります。そうやって、どんどんと新しいことを進めていくうちに、ついたあだ名が「壊し屋」でしたね(笑)。時には、「せっかく定着して形になってきたのに…」という声もありました。でも、利用者さんやご家族、社会のニーズは刻々と変化していきます。私たちがそれまで積み上げてきたことであっても、それが、顧客や時代が求めていないものになってしまったら、壊していくべきことだって、あるはずなんです。ただ、正直たくさんの人が「当然」のようにその作業をしていたときに「その作業って必要なんですか?」と聞くのは、結構勇気がいることかもしれませんね。その点で、今チャレンジャーで取り組んでいることは、「みんな、思ったことを口にしていいんだ」というひとつのきっかけになる、とてもいい施策だと思うんです。こうした取り組みが、色んな事業所に波及して、広がっていけば、法人はもっと良くなるのではないか。そう、期待してやみません。

川崎事件を振り返り、思うこと ~当事者と傍観者~

先日、神奈川県で痛ましい事件がおこり、その加害者のこれまでの成育歴や事件前の近況など、様々な報道がなされています。更に、その事件が間接的にではあるものの影響を及ぼし、別の事件を引き起こしてしまいました。SNSでも、様々な議論を呼んでいて、その発言の内容をニュース等で見ながら思うところがあり、このテーマを取り上げようと思います。このニュースがSNSで拡散した際に、「死にたければ一人で死ね」という強い論調のメッセージが多く流れました。それに対し、ネットニュースで「一人で死ねというメッセージは、むしろ、同じ気持ちに苛まれた人を追い詰めるだけで新たな悲劇を生むことにもつながるので、控えるべきである」という記事を寄稿された方がいらして、それに対して、賛否の声があがっていました。私はこの一連のやり取りに関して、すごく大きな疑問を感じたんです。「いったい、どうしたいのだろう」と。確かに、被害者の方の気持ちを考えると、やるせない気持ちになりますし、この事件を許したりすることはできません。しかし、加害者や社会を糾弾すれば、この後、同じような事件は起こらないのでしょうか?大切なのは、この凄惨で悲しい事件を「次に起こさないために何ができるのか」だと思うのです。ただ問題を批評し、糾弾するだけでは、傍観者と一緒です。それが二度と繰り返さないために、自分のできることをする。それが、当事者になるということなのだと、私は思います。例えば、もしかしたら、地域の大人や周囲の企業が協力して、その通学路にたった数十分だけでも「立って挨拶をする」だけでも抑止力が生まれるかもしれませんし、そこからコミュニケーションやつながりが生まれこの悲劇を起こさない糸口ができたかもしれません。また、家族内やご近所間でのトラブルがあったのなら、その人たちのために「次に行動すべきこと」、例えば行政やNPOなど相談できる場所をSNSで拡散することだって、できるかもしれません。さらに糾弾や非難は、場合によっては新たな「差別」を生むこともあります。それが顕著だったのが、元事務次官が息子を刺殺したあの事件ではないでしょうか。負の連鎖が起こった一つの要因が、引きこもりである・攻撃的な言動などを強くメディアで取り上げられ、「大きな事件を起こすかもしれない」という不安を引き起こした。いわば、植え付けられた『イメージやレッテル』にあったようにも思います。そう考えると、この問題は何をするかわからないとか、危険だとかいう「障がいのある人へのレッテル」にとてもリンクしています。これも、何か当事者として「行動」を起こすことで、変わる可能性が往々にしてあります。「障がいがある」ということで、勝手に想起されてしまっている『イメージ』を払拭するために「障がいのある人」と「社会」ではなく、「人」と「人」として、身近で、緊密で、その人となりにフォーカスできる機会を創ること。例えば、近隣の人を招待してのバーベキューといった、些細なでもいいと思うんです。当事者として起こした、小さな小さな行動の積み重ねから、何かは変わっていく。社会を嘆いたり、加害者を糾弾したりするだけでは、事態は一向に変わらない。そこに対して「何ができるのか」を考え、当事者として行動する。私たち福祉に関わる人間は、やはり、世の中の出来事に対し、当事者として何か行動を起こすべき存在なのだと。この事件を通じて、強く実感しました。

食の楽しみ

突然ですが、皆さんは「食べること」は好きですか?私はもちろん、大好きです。うまい飯を食べると、その日の疲れも一気に吹き飛んでしまい、明日もまた頑張るぞと思える、自分の原動力の一つになっています。今日は、そんな「食」にまつわる話をしたいなと思います。皆さんは法人本部の食堂へ行ったことはありますか?よく見ると、テラス席もあって、壁は大理石造りの結構豪華な物。ランプウォーマーといって、ビュッフェなどでよく見るあったかい料理をランプで保温する什器があったりするんです。実は、この食堂はできた当時、ここで暮らす方々にとっての「レストランに」という想いがあったんです。当時は食堂にはテーブルクロスがかかっていたりメニューに選択肢があったりと、本当にレストランのような雰囲気もあったんです。さらに、普段は慎ましやかな食事も多かったのですが、行事食の時は、鉄板焼きの道具を持ち込んだり、寿司のカウンターができたりとそれはそれは趣向を凝らしたものを提供したりもしました。職員みんなに「卓上コンロを持ってこい」と声をかけて、鍋なんかもしたんですよ。当時は食にこだわって色々なことをやっていた分、厨房は毎日大忙しでした。「厨房に人が足りないから手伝って来い」と私もエプロンをして、配膳や食器洗いなどの手伝いをしたことも多々あります。あの頃は、みんな昼はがっつりと働いて、そこで稼いで「いい飯を食べる」というのがひとつのモチベーションの源泉になっていたように思います。今は、1食あたりの金額も固定で決まっていますし、衛生管理なども厳しくなった関係で、なかなかそういう企画が実現しなくなりました。もちろん、今でも好きなメニューが並ぶ行事食もありますが、たとえば家族団らんのような何かを囲む食事や高級レストランに行く時のようにちょっと豪華で、少しどきどきするような体験など、寮で生活されている方にも、特別な体験を提供できる機会があればいいなと思いませんか?そういったことを企画するのも、職員の大切な役目なんじゃないかなと私は思います。

最近気になること

最近、ニュースを見ていると、色んな出来事が起こっていますね。その中でも、私が気になっていることがあり、少しだけここでお話をしようかと思います。その気になっているニュースというのが、米中貿易摩擦です。アメリカ政府が中国への関税の引き上げや特定の中国企業からの輸入禁止など、強硬な措置を行なっており、中国側からも強い反発が出ています。こうした貿易摩擦は、ヨーロッパでも株価の下落を誘発するなど、世界の経済にも少しずつ影響を及ぼしており、OECD(経済協力開発機構)は、今年の世界経済の成長率予測は年初時よりも下がるであろうと発表しました。少なからず、この後日本にも影響が及ぶ可能性は大きく、例えば、中国に生産工場を持ち、アメリカにその商品を輸出している日本企業はその影響を受け、生産拠点を中国から移すかあるいは販売価格の値上げをするかを検討しなければなりません。また、プラスチックなどの部品関連は日本企業から中国へ輸出している量も多く、中国製品の輸出量が減少すると、その分日本からの部品輸出も減ってしまいます。こうやって、経済状況が変わると、産業構造や雇用状況も自ずと変化します。もしかしたら、生産コストの面から、障がい者雇用が進む可能性もありますし、生産拠点の移動に伴い、工場の自動化を更に加速させ、雇用の絶対数が減り、今以上に製造業での就業が厳しくなってくるかもしれません。世の中のニュースは、意外に私たちの身近なことに影響するだけでなく、皆さんの「支援」にもつながるヒントが見つかるかもしれません。P.P.P.という法人は、利用者さんのお世話するためだけに事業を展開しているわけではありません。世の中を変えていくためには、常に世の中に対して、感度を高めていくことだって、大切なことだと思います。今、世に流れているニュースに関して、自分には関係がない…と思わず、ぜひそこにもアンテナを張り巡らせてみてください。その中で、新しい発見や気づきが得られ、新しい就業先や支援手法が見えてくるかもしれません。

令和元年、新たなスタート① ~新規事業所&就労プロジェクト~

先日、高梁市の新規事業所の落成式が行われ、この5月から、P.P.P.オールスターズ!布寄、P.P.P.マンション!ふたばの事業所が開所。9名の利用者の方が、中地域での新生活をスタートさせました。私のもとにも早速、管理者の坂野さんから、利用者さんたちが元気に活躍している写真の共有をいただきました。農業はこれからが忙しくなる時期。利用者のみなさんが、地域の方と一緒に活動したり、仕事をしたりしながら、この地域がどんどんと元気になっていくよう、法人としてもしっかりと応援していきたいと思います。さて、昨年度は、この高梁市新規事業をプロジェクト化し、事業をスタートするまでの1年間、プロジェクトメンバーの皆さんが部門や事業所の枠を超えて、様々な取り組み・活動を行っていただき、無事、事業所の開所という目的を達成することができました。しかし、法人として、これから取り組むべき課題はまだまだたくさんあります。そこで、今年度の事業計画にもあるように、注力すべく3つのテーマを取り上げ、新たなプロジェクトを立ち上げました。そして先日、そのプロジェクトのリーダー・サブリーダーの皆さんと共に、プロジェクトの目的やゴールについて話し合い、目線合わせをしました。今回はその3つのプロジェクトチームのうち就労プロジェクトについてご紹介したいと思います。【就労プロジェクト】就労部門統括の田上さんを中心に、高梁部門統括の坂野さん、経営管理部門統括の木山さんで構成された就労プロジェクトです。

新規事業所 落成式

4/28、このブログでも何度もご紹介してきた高梁市の新規事業所が5月に開所します。それに先立って、4/28に落成式と内覧会を開催しました。新しい事業所名は、就労継続支援B型事業所『P.P.P.オールスターズ!布寄』そして共同生活援助事業所『P.P.P.マンション!ふたば』。私たちP.P.P.の事業所は、それぞれオールスターズ!やマンション!の後ろに地域の名前がついていますが…実は、この高梁の事業所は、少し違っています。この布寄・ふたばは、それぞれ小学校・保育園の名前が由来なんです。地域にたくさんの人が住まい、元気になる。その象徴は「未来を担う子供たちがたくさん暮らす場所になること」平成24年に廃校となった「布寄小学校」やグループホームの建設地となった「ふたば保育園跡」。地域のみなさんに馴染みのある、これらの教育機関の名前をお借りすることで、地域の方に親しんでいただきたいという想いと同時に、地域を元気にし、子どもたちでにぎわう場所を取り戻したい、という私たちの、この高梁市新規事業所への想いを込めています。さて、落成式には地元の方々の他、この立ち上げに関して、ご助力いただいた自由民主党 総務会長 衆議院議員の加藤勝信先生や、高梁市の近藤隆則市長など、本当にたくさんの方にお集まりいただき、数々のお祝いのお言葉をいただきました。この事業所を立ち上げる構想が生まれたのが、平成24年。あれから7年の歳月が流れました。さらに、元号もちょうど平成から令和へ切り替わるまさに時代の節目となるもので、新しい事業所ができるというのは、本当に感慨深いものだなとこの式典に参列し、改めて実感しました。

失敗は新人の特権。

先週、3月に学校を卒業した新卒の皆さんの新人研修があり、そこでP.P.P.が歩んできた歴史や理念などをお伝えさせていただきました。そして、研修の最終日には、新人の皆さんが将来どんなことをしたいか、どんな自分になりたいかを、発表されました。その中で、研修中に居眠りをしてしまったことに反省し、「まずは社会人としての自覚を持つ」という宣言をされた方がいました。その発表を見ていて、自分の昔の姿に重なるものがあるなと思い、私自身の若い頃の話を、少ししようと思います。結論からいうと…私もまあ、新人の頃はしょっちゅう怒られていましたね。その頃は、ワークライフバランス…という考え方もなかった時代。夜遅くまで利用者さんたちと一緒に過ごし、宿直のない日は近くに借りていたアパートには、寝に帰るだけ。気が付いたらドアをたたく音で目が覚める。当時、利用者さんたちは毎朝マラソンをしていて、そのコース沿いに我が家があったんですね。途中、勤務時間になっても来ない私の部屋に寄り彼らがノックをして起こしてくれていたんです。その後、慌てて出勤し、先輩から「この寝坊助が!」とよく怒られたものです。そんな若い頃の自分のことを思い出しながら、新卒職員のみなさんの話を聞いていて、ぜひ伝えたいと思ったことがあります。それは「失敗は新人の『特権』である」ということ。もちろん、気の緩みは、自分で引き締めていかなければならないですし、そこはぜひ、向き合っていただきたいのですが、それ以外にも皆さんはこれから、たくさんの失敗をするはずです。こうした失敗から「学んで成長できる」幅が大きいのが、新人である「今」なのです。「怒られたらどうしよう」「みんなからどう見られるだろう」きっと不安なこともあるはずです。ですが、今失敗しておくことで、得られるものはたくさんあるはず。だから、新人である今こそたくさんのことにチャレンジして、たくさん失敗してください。それが、絶対にあなたの糧になるはずです。寝坊して利用者さんに起こしてもらっていた経験…まあ、自慢できることではありませんが、この経験からも「利用者さんと我々は、決して上下関係にあるわけではない」という大事な考えに至る、一つのヒントをもらったように思います。(もちろん、それ以外にもたくさんの出来事があってのことなのですが)そして、もう一つ。皆さんが発表してくれた「やりたいと思ったこと」「P.P.P.で目指したいこと」を心のどこかに、必ず持っていてください。いくら失敗してもいい。でも、実現したいことに対して妥協したり、まあいいかと諦めたりはしないでほしい。これが、皆さんの発表を聞いて感じ、伝えたかったことです。4月に新しいスタートを切った皆さんが、当事者として、将来のP.P.P.を引っ張っていく存在になることを心から願っています。

ロゴの持つ「意味」

先日の面接で、「理念と、このロゴに込められた想いに共感して」とお話してくださった方がいて、その方がP.P.P.のロゴの入ったクッキーを作って持ってきてくださったんです。とてもうれしくて、管理者のみなさんにはすぐにお知らせしたのですが、その方がこの4/1から、P.P.P.の仲間として入社してくださったのを機に、こうやってブログで紹介しようと思いました。さて、本日、今年3月に学校を卒業されたばかりの新入職員のみなさんの前で理念のことについてお話させていただきました。その中で、この「ロゴ」の意味をご紹介させていただいたんです。そこで、今回はこの「ロゴの意味」について、改めてお伝えしたいと思います。この2人の人物のシルエット…白黒で同じ形をしたこの人影は鏡に映した自分自身の姿を意味しています。各事業所のロゴはカラフルなのですがP.P.P.の法人ロゴは白と黒。福祉業界の会社で白黒のロゴ…というのも珍しいかもしれませんね。ですが、この白と黒に大きな意味があり、「光と影」を表しています。どんな人間でも、例えば自分と誰かと比べて優劣をつけてしまったり、時にはねたんだり、卑下したりしてしまう自分がいたり自分は差別などしない…と思いながら、現実にマイノリティの方と接した時に「怖い」と理屈抜きに思ってしまう自分がいたり…時には忙しさや難しさに「無理だろうと諦めてしまう」自分がいたり…誰かのために役に立ちたい、社会に貢献したい…いろいろな思いを持った白い「光」の自分がいる一方、どうしても差別や区別をしてしまう黒い「闇」の自分がいる…まずはそんな「黒い自分がいる」ことに気づき、向き合うこと。そして、そこに描かれた2本の槍のモチーフが指し示すように自分の闇を「律していく」こと。それが、P.P.P.が大切にする「当事者参加」の第一歩なのです。このロゴは、己と向き合い当事者参加していくという私たちがとても大切にしていかなければならない想いが込められています。「光」はみんな、自分の意識が向かい、目に見えやすいものです。しかし、光を見ていると、光のない部分(闇の部分)には気がつきにくい。闇の部分がない人など、世の中にはまずいないでしょう。その自分の「闇」の部分に気づき、見て見ぬふりをせずに向き合う…決して簡単ではありませんが、たくさんの人がそこに気づき己を律することで、まず私たち支援員が知らぬ間に加えてしまっている区別や制約を取り除くことができる。このロゴに込められた、その意味を、ぜひもっと多くの人に知ってもらい、共感してもらえたらと思っています。

節目を迎えられた皆様へ

先週、P.P.P.で成人式・還暦式・喜寿式が開催され、その式を見ながら、色々と思い出されることがたくさんあって、久しぶりにブログの更新をすることにしました。まずは、遅ればせではありますが、改めて今回成人を迎えられた4名の皆様(うち3名がご出席されました)還暦を迎えられた3名の皆様、そして喜寿を迎えられたご利用者様、本当におめでとうございます。この式にご出席された方の中には、新人職員の頃に担当させていただいた方もいらっしゃって、ああ、もう還暦・喜寿をお迎えになられたのか…と思うととても感慨深い気持ちになりました。なのでWebという特性上、お名前などは伏せさせていただきますが、少しここで、その方たちの想いで話をさせていただこうと思います。まずは還暦を迎えられた女性の方。式でもお話しましたが、その方は私に毎年、バレンタインチョコをくださいます。とても面倒見のいい方で、色々と周りの人に対してアドバイスをしたりしてくださいます。ただ、それがきっかけで彼女がトラブルに巻き込まれてしまうこともあり、そんなときはいつも、話を聞いてほしいと私のところにいらっしゃって。そうやってお話をさせていただくうちに、バレンタインデーにはチョコをいただくようになったんですね。この方は私が担当していたころからずっと、地域での生活を希望されていました。ただご家族がご心配されていることもあり、今も施設入所のサービスを利用されています。この方は今でも、地域で暮らしたいという想いを持たれています。でも、半ばあきらめているところも、あるのかもしれません。現場の皆さんは今も、彼女の「地域で暮らす」という想いを叶えるために、頑張ってくださっていると聞いています。還暦を迎えらえた今こそその想いを、これからぜひ叶えていきたいですね。次に、もう1名還暦を迎えられた男性の方との思い出です。現在、グループホームでお暮しになりながら、還暦を迎えられた今でも、お元気にオールスターズ!水島でお仕事をなさっています。この方は、私たち職員に対し、時にお叱りや進言をくださいます。そのお叱りの内容で、私は何度もはっとさせられることがありました。例えばなぜ同じ職場なのに、利用者の方だけに雑務を任せて、職員はそれをしないのか。同じ職場の仲間なのに、なぜ職員は利用者の方を呼び捨てにするのか。支援をする…という立場上、時に障がいのある方に対して、どうしても先生と生徒というような関係性になりがちです。私自身もそうで、年齢的に人生の先輩である方に対して、時に子どもに接するように、接してしまうこともありました。彼のお叱りや進言は職員も、利用者の方も、本来は人として「対等」の立場であるということを、何度も思い返させてくれました。もう一人、喜寿を迎えられた方に関しては、ひまわりの会が出来たばかりの頃からご利用いただいている方です。77歳を迎えた今も、お元気にグループホームでお暮しになっており、日中は、プラットフォーム児島をご利用なさっています。この方との思い出もたくさんあるですが、その中でも一番印象深いのは、何と言ってもご家族を探し、見つけ出したときでした。法人を利用された当初は、天涯孤独な人生を歩まれておられました。ただ、情報によると、生き別れたお姉さまがいらっしゃるとのこと。ご本人に確認させていただき、ご家族に会いたいという想いをお持ちでしたので、当時インターネットもなかった時代、色々なところに電話をしたり、直接訪問したりしながら、必死になって探したのを覚えています。そこから、この方はお姉さまと一緒に温泉に出かけたり、しばしば連絡を取り合うようになったり…ご家族の縁とは、本当に深いものなのだなと改めて実感しました。こうして、この度節目を迎えた皆様の中でも、私が直接支援に関わらせていただいた思い出を振り返ると、みなさんから色んなことを学ばせてもらったなと思います。そして、この一つひとつの出来事が、今、法人が目指すべき理念に、つながっているなと、振り返りながら実感しました。この度、節目を迎えた皆様が、これからの人生でもっとその方らしく、飛躍していただけることを心から祈念するとともに、これまでたくさんのことを教えてくださった皆様に、感謝の気持ちを、ここで伝えたいなと思います。本当に、皆様、おめでとうございます。そして、ありがとうございます。